春日温泉 リバーリトリート雅樂倶

富山県 春日温泉
宿泊日 2004年5月
お部屋 スタンダード

 

 

 

「もう終わってしまうのぉ??」

チェックアウトの時間が近づくロビーで女性客からもれたため息。そうなのだ、ここに足を踏み入れたときにファンタジーは始まり、チェックアウトとともに幻となる。それはこの宿があまりに現実離れしてる所為か――。

劇場の幕が開くように木製のドアが浪々と開くといきなり現れる真紅のオブジェに度肝をぬかれる。先へ進むと広い窓に神通峡の水と木々の緑。吹き抜けの広いロビーにはカラフルで自由な形のソファー達がずらり。その色彩に心ワクワク、目はくらくら。

美術品や建築アートが趣味のオーナーの、酔狂の館。

 

客室は3階に和室、2階に洋室。カラフルの間イギリスの間デンマークの間ラグの間アジアの間ギリシャの間…各部屋にいよってがらりと様子が違う。

隠れ家という名の宿生活感というリアリティをもたない。見慣れた顔が変身して見え、ちょっとだけ気取って話してみる。

 

 

 

建築家・内藤廣氏の設計によるミュージアムが館内にある。この日は富山市在住の藤井武氏の個展。テーマは「生と死」。白状すると私、絵のことなどよくわからない。わからないなりにイメージを遊ばせてみた。ある絵は死に行く愛しき人に最後の口付けをしているように見えた。もうひとつの絵は天に召されようとする愛しき人にしがみついて行かせない様にみえる。いつくしみが切ない。

オーナーの境遇と重なる。この宿はオーナーと奥さんが2人3脚でつくった宿。この景色のいい場所をたくさんのひとみ見て欲しいと宿を思い立ち、図面など出来上がるずっと前から、夫婦2人で全国を周り、気に入った輸入家具やインテリアを集めた。宿のオープンを何より喜んでいた奥様は今は亡き人。魂は茶室に息づく。仕事に疲れるとオーナーは一人茶室に佇むという。

絵は不思議だ悲しい絵を見ても、美術館を出るときは何か洗い流れていった幸福感がある。

 

ジャズが軽くかかるレストラン。

食通でもあるオーナーが、京都の老舗フレンチ「おくむら」から迎えた料理長が腕を振るうフレンチ懐石。

1品1品ボリュームを抑え、多彩な皿を沢山いただける。

 

前菜はお盆に縦一列という斬新なならべ方。どれも富山の食材のようだ。「これからどんな料理が出てくるのかわくわくさせられる」と連れ。

 

ホワイトアスパラムースを食べて顔を見合わせた唸った。上にのるのはカニのようだが主役はあくまでムース。きざんだホワイトアスパラも入る。バターのような風味だが、どこまでも上品で、しつこくなく。後味を残さず、すっと消えていく儚き味がいい。

 

鯛のポワレがテーブルに運ばれた瞬間、炙られた鯛とソースのいい匂いがさそう。コーン系のソースにサイコロ状の筍が台になって混ざる。トマトのソースの二重奏。

 

鮎のあんかけは頭からエイやとかぶりつく。あんかけになっているのが絶品、出汁の取り方はまさに京懐石のそれ。これだけで幸福感がおそう。少し遅れてやってくる淡い春の苦み。あんの出汁はいつまでもやさしい。出汁とあゆの風味がピアニシモのユニゾンとなって長く弓を引く。

 

フォアグラのソテー:すごい。たっぷりの旨み感。しかも食べても食べてもまったくしつこくならない。いつまでも一口目の感動が襲う。「県内で冷凍を使わないのはうちくらいではないでしょうか。フォアグラに限らず、料理長は冷凍ものが嫌いですから」火が通るか通らないかのぎりぎりのところで客のテーブルに運ばれる。これができるのも生のフォアグラならでは。

 

ステーキはミディアムレアで頼んだ。「一口目は何もつけづにどうぞ」と言われるままに。これが抜群に旨く、このまま何もつけづにと思ったが、にんにく風味のピーナッツソースとポン酢が用意されていたのでつけてみた。まさに最高級のフィレ肉。

 

デザートはケーキのワゴン。2個選んでいいですよとの女神のようなお言葉に、木苺のムースとクレームドブリュレをチョイス。

 

ここはバー。1面の窓の外はライトアップされた神通峡。これ以上のムードは無い。向き合った連れの見たことのない表情にはっとしてグラスに手を伸ばす。

 

食材はこだわりぬいたものを仕入れ、しかもその日のうちに使い切ると胸を張る支配人。「おかげさまでメディアにとりあげて頂く機会も増えましたが、スタッフの教育など、まだまだ課題はあります。」とも付け加えた。

料理長は採算度外視で食材を仕入れていいらしい。採算度外視といえばある意味この宿全体がいろいろなことを度外視してしまっている。壁を飾る絵は国宝級のものまで。絵一枚買っただけで利益など吹っ飛んでいく、そんな絵が普通に飾られている。そうここはオーナーの美意識の桧舞台なのだ。

 

 

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