鹿教湯温泉 三水館

長野県 鹿教湯温泉 三水館
宿泊日 2004年5月
お部屋 一般的な和室

 

 

昔からある里山の風景にすっかりとけこんでいながら、なぜか遠くからすぐそれと分かる存在感。心少し沸く。ここは古くからの温泉地、鹿教湯の温泉街から外れた畑の一角。

 

打ち水されたアプローチを過ぎ、玄関に足を下ろすとそこは三和土(たたき)になっていて、独特な空間。
ここでご主人さんと奥さんが笑顔で迎えてくれた。

 

天井に梁が渡る部屋は簡素で、センスのいい木の座卓とちゃぶ台ほどの大きさのテーブル。なんかホッとする部屋だ。
部屋に用意されていたのは、ありきたりの温泉まんじゅう・・・ではなかった。
パイ生地にチョコムース、それにオレンジがのる。生地が軽やかにサクッとして美味。スタッフの手作りだそうだ。部屋のポットには氷入りの水、お茶はもちろん、コーヒーも用意されている。こんなちょっとした気遣いがうれしい。
しばらくしてから廊下に出てみると、夕餉の支度中なのかいい匂いが漂っている。イタリアン?気のせいかと思いつつも、料理の期待が膨らむ。

 

一服してから、さっそく別棟の風呂へ向かう。
くせのない無色透明な湯はじっくりと肌に馴染み、長湯が楽しい。
夜8時に男女入れ会になるので、両方の風呂を楽しめる。

 

戸をあけて露天に出ると「抱きの湯」。真中の柱からお湯が湧き上がりまるく波紋を描き、自然の中のローマ風呂のよう。

 

梁の行き交う吹き抜けのロビーに自然採光、パブリックスペースには木製のチェアー、館内はスリッパ要らずで、板張りを素足で歩くのは存外気持ちいい。

 

木曽福島の140年?150年前の古民家を再生移築した宿なのだが、そこに古めかしさや重々しさを感じない。その印象の決めては家具デザイナーの井崎さんの家具・インテリアの所為かも。

 

掘りごたつの食事処に厨房から出来立てが運ばれてくる。
四角く長い器に少しずつ盛られた八寸。そら豆の揚げ物、出汁巻き卵、わらびなどどれも素晴らしくいい出汁がベースにある。山菜春巻きという自由な発想、ふきの胡麻和えを軽く炙ってあるのには感心した。土の感じのする器も趣味がいい。

 

「こごみの卵とじ」にうまーぁい唸った。卵とじにうなった経験はそうない、しかも山菜であるこごみの卵とじにだ。

 

 

 

 

朝食後は思い思いにサロンで過ごす。の無骨で力強いテーブルの上で挽きたてコーヒーが湯気をあげる。流れ聞こえるはピアノ曲。

 

一面のガラス戸は一点の曇りもなく壁一面の額のよう。戸をあければオープンテラスのよう。やまぼうし、くまで、しゃら、しなの木・・・外に見える木々のはがちぎり絵のようだ。

 

 

リニューアルオープンは平成13年。それから遡ること数年、この頃から主には宿のイメージが浮かび始める。が、宿の一部を改装すると先代であるお父さんはこれを気に入らないといって壊してしまう。まだ温泉街の中で営業していたころの話だ。そんなことが何回かあったらしい。
にこやかでやさしく、気さくなご主人だが、先代の一本気なところは受け継がれているようで、雑誌で見たちゃぶ台に一目ぼれして愛知からわざわざそれを取り寄せたりもした。これが井崎さんとの出会い。
構想が固まり実行に移すまでに5年を費やすことになる。
里山の風景の中、周囲は山と田畑。そこで働く人々も大切な存在。そこにぽつんとある木のぬくもり豊かな湯宿。自然の歩調に合わせて、ただただのんびりする宿。でも完全な古民家にしてしまうのはなにか物足りない。やるならば自分の好きな骨董、奥様の好きな音楽、そして井崎氏の家具が息づく宿に・・・。リニューアルの構想が固まると職人の手仕事を旨とする古民家再生の第一人者、降旗設計、かわかみ設計が協力、さらに庭師などいろいろな支援の輪が広がり始める。
中でも井崎さんは家具からインテリア全般を引き受けてくれることになり、設計の段階からインテリアコーディネーターのように参画した。
出会いといえば、取り壊される寸前だったこの古民家が、その家の主の切な願いから、かわかみ設計に引き取られ、この家は「まだまだ生きたがってますよ」と、多くの人を迎える湯宿で再生されたのは一番の出会いかもしれない。
こうしてできあがった三水館。ご主人と奥さんの人柄が息づかいを感じられる、やさしい空気の宿になった。

料理を基礎から修業したことがないから「料理は私のコンプレックスでして・・・」とご主人。ところが、出汁の取り方のまじめな仕事、自由な発想の料理、これだけで客が呼べるだろうに、あくまで謙虚。「何かの偶然で本などにとりあげて頂いてますが、うちは名宿ではありません。家族ばかりでやってまして何のお構いもできませんし・・・」と照れながら話す。「自分が思い描いている理想にはまだ程遠くて・・・。」

主人がこの気持ちで居る限り、私はこの宿のファンであり続けることに間違いない。

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